Mitt rum, Bergman och jag 部屋とバリマンと私

ストックホルム大学シネマ・スタディーズ修士課程に留学中の筆者がベルイマンを中心に色々綴ることを目指していたブログです。全然更新できなかったので、一旦終了してもっと自分が続けやすいブログをリニューアルオープン予定です。

瑞日ダブル・インターン体験談② フォール島 ベルイマン・センター

さて、ようやくインターン体験談を書きたいと思います。

今年4月〜5月にかけてインターンシップに参加したのが、フォール島にあるベルイマン・センターです。

入り口。

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全体(同じ建物の白い部分半分はフォール島博物館)

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フォール島というのは、『魔女の宅急便』の風景のモデルの一つと言われるゴットランド島の北に位置する、人口500人ほどの小さな島。ストックホルムからバスで1時間ほどの港から3時間くらい(だったかな?)でゴットランド最大の街ヴィスビーに着き、そこからバスで1時間くらい(だったかな?)の道のりです。不便です。

この島は、今では「ベルイマンの島」and 夏場のリゾート地として定着しています。

そもそもの始まりは、『鏡の中にある如く』のロケ地探しをしていたベルイマンが渋々ロケハンに行ったところ(本当はオークニー諸島を使いたかったが、予算等の関係で制作会社がフォール島を推した)、一目惚れしたこと。その後『ペルソナ』『狼の時間』『恥』『情熱』『ある結婚の風景』など、多数の作品のロケ地となりました。島に惚れ込んだベルイマンが当時の恋人リヴ・ウルマンと一緒に移り住み、複数の住居を建築・所有し、最終的に永住した土地です。

現在ベルイマンは最後の奥さんのイングリッドと共にフォール島教会に眠っています。↓がお墓までの道のり。

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さて、ベルイマン・センターという施設ですが、その設立までは紆余曲折の物語でした。。。

ベルイマンの生存中の2004年から、ゴットランドとフォール島の有志団体によってベルイマン・ウィークという映画祭が開かれていました。その会場の一つになっていたのが、現在のセンターの前身のフォール島学校。

ベルイマンとベルイマンゆかり/ベルイマンを敬愛する映画人、新進の映画人・アーティスト・作家、文化人やジャーナリストを迎え、映画上映、演劇やダンスのパフォーマンス、コンサート、ゲストによるセミナーなどで構成される映画祭のコンセプトは基本的に今も同じ。2006年にはベルイマン本人も参加し、壇上のゲスト、ハリエット・アンデションと丁々発止のやりとりが見られたとか。

ベルイマン・センター設立案が出たのは、ベルイマンが亡くなったときの遺言によります。

島にある自分の住居全ては売りに出し、その売上金は遺産金として9人(だったかな?)の相続人で分割する。しかし、売った後の住居は、映画人・アーティスト・作家・ジャーナリストたちが、フォール島の空気にインスパイアされて活動できる場として活用してほしい、というのがベルイマンの希望でした。

これを元に、ウルマンとの間の娘リン・ウルマンがプロジェクト案を作成し、ベルイマンの遺志を継ぐ文化施設の設立が具体案化します。それは、ベルイマン・エステート財団(一連の住居を管理している団体)の審査に通ったアーティストや作家、ジャーナリストに、ベルイマンの住居を活動・生活の場として無償で貸す代わり、その結果を映画上映・展覧会・演劇公演・セミナーなどをフォール島で行うことによって「文化的払い戻し」をしてもらうというもの。

しかし、それから実際にセンターが開くまでは本当に色々あったのです。。。

私は新聞記事を調べ上げて全て明らかにしたのですが、本当に本当にややこしい!

以下が概要です。(ちなみにややこしすぎるこのいきさつはベルイマン・センターのHPにもどこにも書いてありません。)

当初の案では、自宅のハンマシュ Hammars、ベルイマンが建てたプライベート映画館デンバ Dämba 、それに加えてフォール島学校の三つ巴でベルイマン・センターを作り上げる構想でした。

しかし、問題は自宅ハンマシュがいつまで経っても売れなかったということ。

ベルイマン・センター財団(現在のセンターの運営団体)が国に購入を打診するも、公式に却下され、オークションに出すことに。

しかし、お金持ちなら誰でもいいということではなく、ちゃんとベルイマンの遺志を尊重した活用をしてくれ、かつ財力のある買い手がとにかく見つからない。

やっと見つかったと思った買い手はドラッグのスキャンダルで捕まる(!)

焦った財団がハリウッドのVariety誌に広告を出すという暴挙に出ようとして、ベルイマンゆかりの映画人に叩かれる(!)

売却までの期限があったこともあり、本当に計画倒れになりかけたとき、ノルウェーの考古学者・発明家(?何か特許を持っているらしい大富豪で人道支援家でもあるらしい?)がリン・ウルマンのプロジェクト案に同調を示し、ようやく買い手が見つかって、センター設立の目処がついたのです。

当初の案とは異なり、今は元学校の建物がベルイマン・センター。自宅ハンマシュは一般公開はされておらず、上のアーティスト等の日中の活動場所としてのみ機能しています。

ちなみに私はインターンの特権で案内していただきました。ベルイマンが建築家と相談しながら建てた、横長の不思議な住宅ですが、とても素敵でした。すっごくお金かかってると思います。これは一般公開していないので写真はなし。

プライベート映画館デンバでは、ベルイマン・ウィークの間だけ一般のお客さん向けの映画上映が行われます。お値段は確か450 SEK。お高いです。

ちなみに私はインターンの特権で数回お邪魔しました。

こんな感じ↓

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このタペストリーはベルイマンが映像化した『魔笛』がモチーフ。

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↓がベルイマンがいつも座っていた席。

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さてさて、私がインターンとして就業していたセンターはどんなところなのか。

ベルイマン・ウィーク自体は6月の最終週〜7月頭なのですが、センターの開館は5月から。ウィーク期間以外は、図書室閲覧・展覧会(常設・企画)鑑賞・映画館でたまにある上映の鑑賞・カフェ利用などが可能です。

今シーズンの企画展は『第七の封印』にフォーカスした「死神と騎士」と「ビハインド・ザ・マスク:『ペルソナ』50年」。

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ビビ・アンデションと一緒に映り込む私↓

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常設展は展示室の外の廊下のスペースを使い、ベルイマンとフォール島の人たちのことを扱っています。(写真省略)

私はここで何をやっていたのかというと、上の「死神と騎士」の展覧会の準備(=肉体労働、主にペンキ塗り!!)や、図書室の蔵書の整理(成果↓)

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プレスリリースに参加したり(写っているのは私のボス、アーティスティック・ディレクターのヘレン・ベルトラメ・リネーさん)

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ベルイマンの娘さん(確か一番最初の娘さんのはず)のレーナ・ベルイマンさんがいらっしゃったオープニグイベントに参加したり

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の他、ベルイマン・ウィークの準備として関係者へのメール、フィルムの予約、プログラムの紹介文執筆など。

あと余った時間でHPに載っていないベルイマンセンターの成り立ち紹介文を勝手に書いたり(笑)、センターが所蔵しているベルイマン作品のリストを勝手に作ったり(笑)していました。

という1ヵ月半のインターンシップだったのですが、実はその裏でとんでもないドラマがあり波乱万丈だったのです。

ゴシップや中傷を書くつもりはないので、詳述はしませんが、スウェーデンの全国紙ダーゲンス・ニーヘーテル Dagens Nyheter の記事にまでなってしまって大騒ぎだったのです。まあいろんなバックグラウンドの人間が働く職場だから何かトラブルが起こるのはどこでも一緒という程度にお茶を濁しておきます。

(かなり気が滅入る部分もあったので振り返りたくないところもあります。ただ、ベルイマンという人間のスウェーデンにおける位置付けというのを改めて実感したところも。ベルイマンは日本人含めた外国人が抱いているイメージのような「孤高の天才」タイプの人ではありませんし、「あんな小難しい映画撮ってるけど、根は面白好きのいいおじさんで、田舎の島の人間に愛された」という美談にまとめられるほどフォール島とベルイマンの関係も単純ではありません…・苦笑)

とはいえ、フォール島はやっぱりとても美しい島です(夏以降に行けばの話ですが)

ラウクと呼ばれる巨石群の織りなす独特の景観↓

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ベルイマン的風景の代名詞ともいえそうな石壁↓

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誰もいない海岸や林の中を散歩したり、自転車に乗ったり(ちなみに島に一軒しかないスーパーに行くために往復20km弱自転車を漕がなければ行けませんでした。。。免許証持っていない人には辛いフォール島生活でした)、ゆーっくり座っていると心が洗われるようで、やっぱりベルイマンがなぜこの島を愛したのか、分かるような気もしました。

そんなインターンシップでした。

もうあれから4ヵ月も経ったんですね〜、その後は今度は東京でのインターンなど色々ありました。

漸く記事にできて、ちょっと達成感です・笑。

ちなみにフォール島でたくさん撮ったビデオはまだあるのでYouTubeのチャンネル「フォール島の記録2017」に上げていきたいと思います。