Mitt rum, Bergman och jag 部屋とバリマンと私

ストックホルム大学シネマ・スタディーズ修士課程に留学中の筆者がスウェーデンの映画を中心に色々綴ることを目指しているブログです。

Vingarne『翼』(1916)

もう2ヶ月以上も更新が止まっていました…。うむむ。。。

その間に色々起こり、今現在この記事は<ベルイマンの島>ゴットランド北に位置するフォール島にて書いています。実は、紆余曲折を経て、当地のBergmancenter バリマン・センターで4月からインターンシップに参加していました。あと数日でストックホルムに戻ります。バリマンセンターについては後日まとめて紹介します。

島に来てからは王立図書館に行けないので、持参したDVDを全部観終わった後は、速度の遅い島のインターネット環境が唯一ストリーミングを許してくれるのがYouTubeのみなので、そこにアップされている画質の悪い映画ばかり観ていました。

 

さて、今日は珍しくサイレント映画の紹介。

Vingarne『翼』(1916)

字幕がないのでサイレント映画とは言えスウェーデン語が分からないとちょっとあらすじを追うのが難しいかもしれません。

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監督:マウリッツ・スティッレル

出演:エーギル・アイデ、ラーシュ・ハンソン、リリ・ベック、アルビン・ラヴェーン

マウリッツ・スティッレルは、ヴィクトル・シューストロムと共にスウェーデン・サイレント映画黄金時代の二大巨匠として有名なので、もはや説明するまでもないかとは思いますが簡単に。

シューストロムが、スウェーデンの雄大な自然美の中に人間の激情を投影させた、ドラマティックで荘厳な作風で一貫していたとすると、スティッレルはもっと柔軟というか器用というか、Erotikon『エロティコン』(私のお気に入り)のような小粋な艶笑劇からHerr Arnes Pengar『吹雪の夜』(原題は『アーネ氏の金貨/黄金』の意)や、グレタ・ガルボをスターダムへと導いたGösta Berlings saga『イェスタ・ベルリングの伝説』のような文芸大作まで、その作風は変化に飛んでいます。シューストロムが何というかマクロに人間というものを描いたとすれば、スティッレルはミクロと言えるかも。

本作『翼』はスティッレルの習作時代の終わりと見なされる作品ですが、とても現代的でユニークな特徴を二つ備えています。残念ながら全てが現存しているわけではないため、上の修復版はスティル写真と再現した字幕で欠落部分を補っています。

 

1. 映画内映画

まずその発想のモダンさに驚かされるのが、「枠物語」の存在です。スティルレル自身がスクリーンに登場し、カール・ミレスの彫刻『翼』から着想を得た映画を作りたい、と思いつき、新人俳優を起用して撮影を開始するところから始まります。この『翼』という映画製作の舞台裏の物語が、映画内映画『翼』を縁取る枠となっています。幕間には出来上がった映画のプレミアの客席の反応が挿入され、エピローグは、プレミアの後日談、結局役を降ろされてしまった新人俳優と主演女優の間にロマンスが生まれる、というものになっています。

 公開当時は特にこの枠物語の斬新さが批評家を戸惑わせたよう。現代の観客にとっては自然に受け入れられるものですが、映画の虚構性を暴きながら別の虚構を折り上げるこの仕掛けは、1916年当時では、理解されにくかったのは当然かもしれません。この枠物語に劇的必然性がない点が、批判の対象になった原因でもあり、それはまた、この仕掛けが実は『翼』という映画の根本的テーマから気を逸らせるためだったのではないか、という後年の解釈に繋がったとも言われています。このテーマについては、次に詳述します。

ちなみにバリマンのFängelse『牢獄』という初期の作品も、ちょっと似たような感じの映画内映画的構造になっています。(ということに触れずにはいられないのがバリマンオタクの宿命です・笑。)

 

2. ホモセクシュアリティ

映画内映画の『翼』の物語はデンマークを代表する作家、ヘアマン・バング(Herman Bang)のMikaël『ミカエル』という小説の翻案とのことです。同じ作品を原作として、本国デンマークではカール・Th・ドライヤーが同名映画を作っていて、こちらもYouTubeにアップされていました。こちらの方が原作に忠実だそうです。

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物語のあらすじは、老芸術家が偶然出会った若者(ミカエル)の絵の才能を認め、養子に迎えるものの、若者は上流階級の婦人に誘惑され、彼女のために浪費を重ねていく、というもの。物語上は、「子供を失いたくない、一人で死にたくない」と老芸術家が嘆いて、婦人から養子である若者を取り戻そうとするという流れなのですが、説明せずとも、老芸術家が若者に対してホモセクシュアルな愛情を抱いていることは現代的な視点から見れば明らかです。特に、老芸術家が若者を養子に迎えたという字幕の直後に、半裸の若者をモデルに彫刻を作っているシーンが来るので、結構露骨に示唆されていることに驚きました

スティッレルはゲイでしたが、バングもゲイ、脚本を担当したアクセル・エスベンセンもゲイだったとのこと。そういう意味では(バングはともかく)作り手が自身のセクシャリティを主張した作品と捉えることもできますね。時代を考えると、クィア的観点から見てとてもユニークな作品だと思います。

ちなみに原作では絵画だったところを彫刻に変えたのは、映像的効果を考えたスティッレルの案だそうです。また、老芸術家がストリンドバリ的容姿をしているのも彼のアイデアによるもの。デンマーク的文脈から切り離すことで、より自由に脚色したということでしょうか。

この換骨奪胎がスティッレル流なのか、セルマ・ラーゲルレーヴの小説を原作とした『イェスタ・ベルリングの伝説』でもかなり大胆な翻案を行ったため、女史の怒りを買ったとか。Körkarlen『霊魂の不滅』で女史の大絶賛を得たシューストロムとは対象的です。

 

しばらくサイレント映画を見ていなかったのですが、なかなか面白い一本でした。

スウェーデンのサイレント映画は上の二人ばかりに注目が集まりがちですが、その影に半分忘れ去られそうになっていたGeorg af Klercker (イェオリ・アーヴ・クレルケル:バリマンは彼に愛着があったようで、彼を主人公としたSista Skriket『最後の叫び』という戯曲を書いています)を始めとして、他にも多くの監督が活躍していたので、少しずつ彼らの作品も見ていきたいところです。

とは言え、サイレント映画の場合、王立図書館で見られるものは本当にサイレント=無音なので、やっぱりちょっと物足りなかったりもするのですが…。Matti Bye(マッティ・ビーエ:サイレント映画へのオリジナルスコアの生伴奏で常に大活躍のミュージシャンです)の演奏を全てにつけて欲しいと思うのは贅沢ですね。

紹介したい面白いスウェーデン映画は沢山あるので、自らの遅筆にめげずに(苦笑)、少しずつ書いていきたいと思います。

 

<参考>