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Bilder

Bergman 映画

今日紹介するのはベルイマン自身の著作、Bilderです。(スウェーデンの大手書籍通販サイトBokus.comではもはや売り切れになってました!)

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本書は英訳が出ていて、そちらのタイトルはImages: My Life in Filmになっていますが、スウェーデン語の”bild”はちょうど英語の”image”の色んな含意を考えると日本語でぴったり合致する語がないのと同様、この場合一語では訳しにくいように思います。小松弘先生が著作『ベルイマン (Century Books―人と思想)』のまえがきで簡単に本書をご紹介されているのですが、ストレートに『映像』と訳されていますね。

 

小松先生も書かれている通り、本書(初版1990年)はベルイマン自身が自作全てについて振り返って語るという体裁をとっていますが、実際にはジャーナリスト・映画評論家のラッセ・バリストロム(Lasse Bergström)との対話を編集したものです。裏表紙の説明によれば、2年間で60時間にもわたってバリストロムとベルイマンが彼の作品について話し合った録音から質問を削除することにより、ベルイマン自身が一人称で語る形式にしたとのこと。両者の対話は初版が出た後も続き、1997年にバリストロムが録音を聞き直した結果、再版に含めるに足る内容の対話を24個見つけ、手直しを加えた後、質問に対する回答という本来の形式のまま追加することになったものが2008年版の最終章”Nya Bilder(New Images)”だそうです。

このバリストロムとは誰なのか、Norstedts(スウェーデン最大手出版社の一つ)のウェブサイトとご本人のブログをざっと見てまとめてみました↓

ラッセ・バリストロムはかつてNorstedtsの社長を務め、長年にわたり業界を牽引する編集者である。Expressen紙上で30年間映画批評を行い、1977年には映画評論家に贈られるFilmpennanを受賞したが、1992年批評家職を退く。1964年にはストックホルムにて、チャールズ・チャップリンとイングマル・ベルイマンとの映画史に残る面会を手配。この面会については著書Hollywood Guldåldern内のチャップリンについての章で回想している。Norstedtsでの編集者としての代表的な仕事として、ベルイマンとのBilderの他に、ハリー・シャインとスウェディッシュ・フィルムインスティトゥートとの共同執筆による映画についての本の出版に携わった。(この最後の「映画についての本」が具体的にどの本なのか分かりませんでした…)

さて、本書Bilderはベルイマン自身の言葉として、有名なインタビューなどとともに色んな研究書でしばしば取り上げられます。先日紹介したRevisitedで論じられていたように、auterismを再考すると、Bilder内の記述というものも気を付けて扱う必要が出てくるのでしょうが、実際的な資料としてよりも、私は読み物として楽しいなあと思っています。こういう彼自身の言葉を読むと、いわゆる「難解で哲学的な映画ばかり作る気難しい映画作家」みたいな、昔よく持たれていたような誤ったベルイマン像は一瞬で崩れるのではないでしょうか。彼のフランクな人柄を垣間見られるようで、くすっと笑ってしまう部分も沢山あります。

本人が自分の創作ノートや日記からの引用を行っている箇所も多々あり、実際の作品へと発展していったアイデアの断片に触れることができ、しかもそれ自体が彼の脚本と同様に文学的というのか、かっこいいというのか、そういうスウェーデン語で綴られているので、読みながらしみじみ「いいなぁ」と感じるわけです。

『リヴ&イングマール』という数年前に日本でも公開されたドキュメンタリー(?)で、宣伝にも使われていた言葉(ここではリヴ・ウルマンによって声を与えられていましたが)と似たような文句がここでも何度か登場していて、ちょっと感傷的かもしれませんが、いいなぁと思うので、スウェーデン語でまるまる引用しておきたいと思います。

Temat om två människor som är oupplösligt och smärtsamt förenade och samtidigt sliter i sina fängsel har följt mig länge. (s.185)

分かちがたく痛いほどに一つに繋がっていながら、足枷をはめられてもがいている二人の人間というテーマは長らく私に付きまとっていた。

 

今度再読したときにはいいなと思ったところに、もっとちゃんと印をつけておきたいところです。