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Alfhild Agrell

文学

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4月19日放送のP1 Kultur/ Kulturnyttの劇評で取り上げられていたのが、Norrköpingの劇場での公演Ensam。イプセンやストリンドバリの名前と共に挙げられた戯曲の作者は、Alfhild Agrell(アルフィルド・アグレル)という聞き慣れない名。気になってざっとWikiをチェックしてみると、1880年代に人気を博したが、やがてスウェーデン演劇史の中で忘れ去られてしまった女性劇作家で、近年再び注目を集めている人物らしい。上演作品Ensamは、未婚の母であるトーラと、その娘イングヴァをめぐる物語で、婚外子であるイングヴァの出自が彼女の結婚の障害となる中、トーラの過去も関わってきて一悶着が起こる…といった内容のよう。

これは面白そうなので、もう少しちゃんと調べてみました。

 

手始めにLitteraturbankenをチェックしてみると、

Alfhild Agrell(1849-1923)は1880年代の

 

最も傑出した劇作家の一人である。彼女の戯曲(特に挙げるべきはRäddad (1882)、 Dömd (1884)、 Ensam (1886))が描くのは、当時の男性・女性の役割と、それらの行動様式が、上流階級のサロンを舞台に繰り広げられる倫理的選択を迫られる状況に、時に強要され、時に固持された慣習によって、どのように影響を与えるかである。結婚における女性の役割、あるいはシングルマザーとして、あるいは自由を渇望する者としての女性の役割が、当時としては典型的なメロドラマ的手法によって描き出されている。この点ではアグレルは同時代の大劇作家ヘンリク・イプセンに影響を受けていたと言えよう。彼女はノルランドをモチーフとした短編小説集も表しており、その中にStig Stigsonの筆名で出版されたNordanfrånがある。
より多くの読者に最も読まれた作品となったのは、Lovisa Petterkvistの筆名で出された I Stockholm. Också en resebeskrifning とHemma i Jockmock. En skildring ur småstadslifvetである

とのこと。Alfhild Agrell sällskapet とDramawebbenいうサイトを参考にまとめたバイオグラフィは以下↓


1849年Härnösand に生まれ、子ども時代・思春期を過ごす。富裕な菓子店主・旅館経営者であった父の死後、19歳でAlbert Agrellと結婚、1876年に夫の昇進に伴いストックホルムへ移住。Nybrogatanに居を構えて3年後、Thyraという筆名でDagens Nyheter紙上にSkymningspratの見出しと共に4つの物語を発表する。これが作家としてのデビューにあたる。

しかし彼女が最も名声を得、読者からも批評家からも評価されたのは劇作家としてである。1881年に一幕物の結婚喜劇Hvarförでデビュー後、80年代にRäddad (1882)、 Dömd (1884)、 Ensam (1886)などの戯曲を発表する。Räddadは王立劇場で26回を下らない回数上演されたが、これは1880年代にストリンドバリの戯曲の上演回数を遥かに上回る。ストックホルムだけでなく、ヨーテボリ、コペンハーゲン、ベルリン、ロンドンにおいても上演された。アグレルはいわゆるmoderna genombrott(注)の作家に属し、ラディカルで、男性・女性間の平等を唱道した。戯曲においては優れたドラマツルギー的技巧を用い、男性と女性の異なる生活条件、当時の性的モラル、未婚の母親たちの置かれた状況を扱った。

彼女の著作活動の転換点となったのは、1886年に新たな文学的潮流が起こり、問題提起型の劇作への視線が逸れ、女性問題についての議論を喚起する戯曲が一般に飽きられるようになったことである。彼女の戯曲はもはや上演されることはなくなったが、執筆活動は諦めず、Lovisa Pettersqvistの筆名でユーモアあふれる日記小説 I Stockholm と Hemma i Jockmok を著し、増版されるヒットとなる。

また、1880年代初頭からずっと、アグレルは旅行記・短編小説や民衆の生活を描いた物語を絶えず執筆しつづけた。

劇作家として成功をおさめた1880年代以降、私生活は、離婚、放浪、収入の減少など困難が多く、1923年にはFlenの療養施設で孤独な最期を遂げた。

((注)は後日追記します)


冒頭の劇評では、イプセンやストリンドバリと同列に古典として扱うことは出来ない、当時としては挑戦的な内容であったとして、現代においてどういう意味を持ち得るのか、ということについて論じられていました。実際の演出や役者の演技について等々のコメントの後、論評は以下のように締めくくられていました。

全てはこの問いをめぐっている ―家父長制と慣習に抗う一人の女性が、どうすれば真実の存在、自分自身たりうるのか、高すぎる代償を払わずに、そう、ひとりになることなく。これが埃じみた古い問題だと感じるなら、外の世界に対し視線を上げてみる必要があるだろう。(Odammig "Ensam" av Alfhild Agrell på Östgötateatern

Norrköpingまで芝居を観にはいけないので、とりあえず戯曲を読んでみたいところ。
Litteraturbankenには散文作品しかありませんでしたが、上のDramawebbenにはずらっと一連の戯曲が列挙されていたので、Ensamをダウンロードしてみました。

読み終わったらまた記事を書きたいと思います。